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2013年2月 1日 (金)

辺戸岬に建つ「祖国復帰闘争碑」

辺戸岬に建つ「祖国復帰闘争碑」

沖縄がアメリカ統治から日本に復帰してことしで四一周年を迎えた。МV22オスプレイの配備に反対する県民大会実行委員会代表と41全市町村長、議長(代理を含む)、県議会議員による東京大行動が1月27、28両日、繰り広げられた。復帰後最大の要請行動であり、保守、革新の枠を越え、「オール沖縄」による集会、デモ、政府要請は、画期的である。

                           

 

こうした歴史的ともいえる上京行動に、立ち上がらざるをえないところに、復帰41周年を迎えた沖縄の現実がある。危険なオスプレイの沖縄配備、海兵隊普天間基地の辺野古移設――いずれも、県民ぐるみで反対する声を乱暴に踏みにじるものである。015                             辺戸岬


「この復帰40年目の沖縄で、米軍はいまだ占領地でもあるかのごとく傍若無人に振る舞っている。国民主権国家日本のあり方が問われている」と政府に提出した建白書は鋭く指摘している。
 
 前置きが長くなったが、この建白書を読んでいて思い出したのが、沖縄本島の最北端、辺戸岬に建つ「祖国復帰闘争碑」である。

この「闘争碑」に刻まれた文言は、復帰の時の県民の思いを余すところなく伝える歴史的な名文である。沖縄の現実を見て考えるとき、たえず読み返してみたくなる碑文である。辺戸岬に行ったのは、もう大分前だが、ブログにはアップしていなかったので、改めて「全国の そして全世界の友人へ贈る」と題された碑文を紹介しておきたい。Photo


 

「吹き渡る風の音に 耳を傾けよ 権力に抗し 復帰をなし遂げた大衆の乾杯の声だ 打ち寄せる波濤の響きを聞け 戦争を拒み平和と人間解放を闘う大衆の雄叫びだ
 
 “鉄の暴風”やみ平和のおとずれを信じた沖縄県民は 米軍占領に引き続き1952年4月28日サンフランシスコ「平和」条約第3条により 屈辱的な米軍支配の鉄鎖に繋がれた 
 
 米軍の支配は傲慢で 県民の自由と人権を蹂躙した 祖国日本は海の彼方に遠く 沖縄県民の声は空しく消えた われわれの闘いは 蟷螂の斧に擬せられた
 
 しかし独立と平和を闘う全世界の人々との連帯であることを信じ 全国民に呼びかけ 全世界の人々に訴えた
 
 見よ 平和にたたずまう宜名真(ギナマ)の里から 27度線を断つ小舟は船出し舷々相寄り勝利を誓う大海上大会に発展したのだ
 
 今踏まえている土こそ 辺戸区民の真心によって成る沖天の大焚火の大地なのだ
 
 1972年5月15日 沖縄の祖国復帰は実現した しかし県民の平和への願いは叶えられず 日米国家権力の恣意のまま軍事強化に逆用された
 
 しかる故に この碑は 喜びを表明するためにあるのでもなく ましてや勝利を記念するためにあるのでもない
 
 闘いをふり返り 大衆が信じ合い 自らの力を確め合い決意を新たにし合うためにこそあり 
 
 人類の永遠に生存し 生くとし生けるものが 自然の摂理の下に 生きながらえ得るために警鐘をならさんとしてある」

碑文の中の「1972年5月15日 沖縄の祖国復帰は実現した しかし県民の平和への願いは叶えられず 日米国家権力の恣意のまま軍事強化に逆用された」という指摘は、41年を経ても続いている。「基地のない沖縄」への願いは裏切られた。

Photo_2

政府は口を開けば「基地負担の軽減」と言うが、その約束とは、真逆の現実が進んでいる。2月2日には、安倍晋三首相が沖縄に来る。沖縄関連予算で県の要望に「満額回答」したのを「アメ」として、辺野古移設のなど進めようという思惑があるだろう。だが、そんな「アメ」と引き換えに基地負担の増強を受け入れると見ているとすれば、大いなる思い違いである。東京行動は、もはや引き返さないところに「オール沖縄」として、至っていることを示した。

 県民ぐるみで日米両政府を動かした「復帰闘争」は、40年以上を経たいま、新たな「オール沖縄」の運動として燃え上がりつつあることを感じる。

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琉球は1187年の瞬天王から尚泰王がヤマト政府に拉致され国をハイジャックされた1879年までの692年間、独立国であった。その間、三度にわたる悲劇に襲われた。1609年の薩摩侵略、1879年の明治軍による首里城乗っ取り、1945年の米軍による琉球列島乗っ取りで琉球民族は独立と自己決定権を奪い取られた。日本の敗戦により独立すべきであった琉球列島が未だに琉球人以外の民族によって支配され続けている。中国、韓国、フィリピン、シンガポール、パラオ等のように遅ればせながら「琉球列島共和国」を樹立すべき時がきたのである。」独立すれば琉球列島は平和で豊かな国になります。軍隊を持たない独立国が25か国もあり、平和に暮らしています。「祖国復帰闘争碑」は屈辱の碑です。我々琉球民族の祖国は琉球国です。日本は琉球の祖国ではありません。琉球国を武力で侵略し乗っ取り合併した外国なのです。日米への自主的隷従から決別して自主的独立により琉球国を取り返しましょう!

そのようなご意見があることは承っておきます。

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