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2013年2月14日 (木)

那覇にある「ペリー」の名称の由来

 那覇市の米軍那覇軍港から近くの山下町には「ペリー」の名前がついたお店、病院など多い。なぜなのか?

 知り合いのおじいから「ペリーが上陸したところ」という話を聞いたことがある。ペリーは、日本に向かう前に、琉球に来て滞在し、沖縄本島を巡ったこともよく知られている。しかし、沖縄上陸地といえば、泊港のそばに記念碑が建っている。外人墓地の中である。

 2月7日付けの「週刊レキオ」でその由来が紹介されていた。
 「山下町は、土地を接収した米軍によって一時『ペリー町』と変更されたことに由来しているんですよ」と、那覇まちまーいコーディネーターガイドの柴井健司さんが語っている。
 第2次世界大戦中、マレーの虎と恐れられた山下陸軍大将の名前を外すために、自国の英雄・ペリーに改称したという説が有力だとか。

 山下町付近のペリーの名前の付くものを電話帳で調べてみると「ペリー歯科クリニック」「ペリー内科小児科医院」「ペリー美容室」「ペリー保育園」などいくつもある。

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          ペリー艦隊の一行が中城城跡で描いたスケッチ

 ただ、ペリー艦隊の一行が、那覇から本島の東海岸を北上し、金武町から恩納村を回り、西海岸を南下して帰ってくるまでの記録『琉球訪問記』を読んでも、山下町付近に上陸したとか、そのあたりでで何か行ったとか、そういう記述は出てこない。だから、米軍が一時、改称して「ペリー町」にしていた名残だという説明は、説得力がありそうだ。

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