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2013年3月22日 (金)

繁多川メーミチー沿いの井泉

                           

 

 

 繁多川には、5つの井泉があるそうだ。首里城と島尻方面を結ぶ幹線道路の真珠道の識名坂を登ると、すぐに「ハンタガー」(繁多川)がある。もともとハンタ(端)にある井泉(カー)を意味したとされ、この呼び名に「繁多川」の漢字が当てられた。なるほど、識名坂を登りきったところ、つまり高台の端っこにある。Img_1855


 
 井泉の名が、この地域の地名になったとも言われる。地域の名前と井泉の名称が同じなので、はじめは混乱した。
 
 ハンタガーは、シチナンダヌカー(識名平の井泉)とも呼ばれ、地域の人々の飲料水や生活用水に利用されてきた。井泉の左横には、しっかりとした拝所がつくられている。

Img_1883

 

昔は旧暦の6月26日になると、メーミチー沿いの三つの井泉とも「カーヒラシー」(井泉浚い)が行われた。なかの水を汲み出すと、エビや魚が獲れ、子どもたちの楽しみの一つだったそうだ。

 メーミチーを進むと、ボージガー(坊主川)が見えてきた。

 Img_1858


 その名称は、近くにあった神応寺や識名宮にちなんだものであったといわれている。また『琉球国由来記』(1713年)には「御穀泉」(オコクガー)と記されており、「乳のような泉・善い泉」を意味したようである。ボージガーの水は、非常に美味しく、「繁多川豆腐」作りにはおおいに利用された。繁多川の豆腐は、有名だ。水がよかったのだ。Img_1859

さらに進み、繁多川の大通りに出る手前にウフカー(大川)がある。道路からはかなり深い場所に井泉がある。古来、人々は泉の湧く所を見つけ、集落を形成してきた。そのため、古い泉は人々の飲料水・生活用水として大切にされ、かつ神聖視されてきた。

Img_1862

                       

 このウフカーも戦後まで、正月のワカウビー(若水)を汲む井泉として利用されてきた。また、ウフカーの豊富な水を利用して昭和30年代に簡易水道が敷設され、繁多川の各世帯に水が供給された。
 

 「ウフカー」の名前のとうり、見てきた3つの井泉の中では、もっとも規模が大きい。Img_1863

 
 繁多川の井泉は、やはり識名台地という高地なのに、湧水が豊富なことは不思議なくらい。でも、識名台地は、地表の琉球石灰岩層の小さな空洞に雨水が溜まり、石灰岩の下部にある泥岩(クチャ)は水が浸透しないので、水脈をつくる。水脈を当てて井戸としているので、水が湧き出るという。

Img_1865

 ウフカーも、井泉の右横に「水神」が祀られている。「この拝所に拝みに来られるみなさん。拝みを終えられたら、線香、白紙等は必ずお持ち帰りください」と、呼びかける看板が立っている。いまは上水道を使っているけれど、依然として、祈願に来る人は後を絶たないようだ。何百年も、住民の命と暮らしを支え、人々の暮らしの中に、深く根付いてきた井泉であることを感じさせる。

 

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