無料ブログはココログ

« ヒージャーオーラセが見える大石公園 | トップページ | 500年余続く、尚巴志一統の「隠れ御清明」 »

2013年4月10日 (水)

首里の西森御獄を見る

 首里の儀保交差点近くに、西森御獄(ニシムイウタキ)がある。交差点を北に入り、儀保交番を過ぎて、すぐ小高い丘の上にある。末吉公園の入り口の上側に、拝所入口の半壊した碑が立っている。 Img_1999

 そばに黄金豊饒神がある。奥は、ガマ(洞窟)のようで 金網で閉じられている。こちらは、五穀豊穣を祈願する拝所なのだろうか。Img_2009

 入口を上がると、すぐに石畳の参道が伸びている。 登っていくと、ガマ(洞窟)の前に何か祀ってある。さらに進むと、半円形に石を並べてあり、やはり拝所のようだ。Img_2001

 その先に、西森御獄が見えてきた。「岩石二体をイビとした、儀保町の鎮守である」(比嘉朝進著『沖縄の拝所300』)とのこと。 中央には3つの香炉がある。奥には大きな岩石が見える。Img_2003


 
 中央から左側にも、2つの香炉がある。木札が立ててあり、「儀保町土地地盤 守護の神、火の神」と記されている。

Img_2005

 比嘉氏は、この御獄は「首里城からみると北方にあたるので、北森が妥当であろう」という。沖縄語では「北=ニシ」「西=イリ」と読むからそうかもしれない。でも、この御獄は、首里城から見ると、方角は北ではない。どちらかというと、太陽が沈む方角、つまり西の印象が強い。ただ、正確には西と北の中間、西北である。だから、読み方を別にすれば「西森御獄」でもよさそうだ。 

それに加え、「西」を「イリ」ではなく「ニシ」と読ませている例がかなれある。宜野湾市森の川にある同名の「西森御獄」もやはり「ニシムイウタキ」と読ませている。「西武門」を「ニシンジョー」と読むのも、「門」は「ジョー」と方言読みなのに「西」は「ニシ」のままだ。

 また、『琉球国由来記』や『球陽』には西森とあるそうだ。

Img_2007

 儀保住民の初御願や盆のエイサーは御獄庭で行われる。

1659年、国頭王子正則(馬氏)は御獄の前に拝殿(フェーディン)を建てて弁財天を祭り、島津光久公の厄難消除を祈ったという。この拝殿は戦災で焼失したという(『沖縄の拝所300』から)。

« ヒージャーオーラセが見える大石公園 | トップページ | 500年余続く、尚巴志一統の「隠れ御清明」 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1384216/51110907

この記事へのトラックバック一覧です: 首里の西森御獄を見る:

« ヒージャーオーラセが見える大石公園 | トップページ | 500年余続く、尚巴志一統の「隠れ御清明」 »

最近のトラックバック

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30