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2013年5月23日 (木)

真玉橋の唐獅子(ガーナ森の由来)

真玉橋の唐獅子(ガーナ森の由来)

 

 真玉橋の拝所のアップのついでに、石獅子にまつわる伝説を紹介しておきたい。この石獅子については、すでにブログにアップしてあるが、その由来については詳しく書いていなかった。以下『豊見城村史』などからの紹介である。

                           

 

「真玉橋には石で刻んだ唐獅子像が二基置かれている。一基はガーナー森に対するものであり、一基は国場川を渡った対岸の瓦屋原(森)に対しての魔除けの意味で設けられたものである」。049

「真玉橋の石碑の近くに石で彫刻された唐獅子と嘉数の村はずれにある唐獅子はガーナー森に向かって立っている。両部落では毎月朔日(ツイタチ)と15日には唐獅子に赤いまん頭を三つ供えて『ガーナー森(悪魔)がこの村に来たら追い払ってください』と祈願する習慣があった。

 昔奥武山(オウノヤマ)公園の東南、漫湖の中に大きな怪物がすみ、真玉橋、嘉数の部落民をかたっぱしから食い荒らそうとした。これは村の一大事とあって、皆手に棒や刀を携えて防戦したが力及ばず、村の人々は断念、怪物に食われるのを待った。そのとき三個の大石が降ってきて、怪物の暴れ狂うシッポを抑えた。それで怪物は永久に身体の自由を失い、漫湖の中に据えつけられたのが今のガーナー森であるという。

 かねてガーナー森が嘉数、真玉橋を喰いつぶそうとしている野心を神様が見ぬかれ、機会をまっておられたが、この時とばかり早速三個の大岩を投げられて、ガーナー森の臀部を強く抑えつけられたのであった。050

 嘉数、真玉橋では神様の御加護を感謝し、ガーナー森の魔風を押し返すために唐獅子を据え、ガーナー森からの危難に備えたいということである。それから後はガーナー森の不安もなく村は栄えて今のようになったということである」

 以上は、「イリヌ・シーサー」について、『豊見城村史』の「口碑伝説」から紹介した。

こちらの石獅子は、まるでゴジラのように恐ろしい風貌である。ガーナー森の魔風を押し返すためだろうか。このシーサーは、集落の西にある。「イリ」は「西」のこと。「アガリ」は「東」にことである。

もう一つの唐獅子

 もう一つの「アガリヌ・シーサー」は、名前の通り東にある。その由来は明確でないらしい。ただ、イリヌ・シーサーとまるっきり風貌が異なり、穏やかで円満な顔つきである。なにか由来の違いがあるのだろう。051

「昔この地に獅子が居座っている由来については明らかではない。獅子が置かれているところが陸地であったと考えられる。そうであれば国場川の川幅が広く獅子のところまで川と陸地との接点と想像される。考古学者によれば水からの悪魔から風難を防ぐという意味をもつと云われる」。『真玉橋拝所整備移転建立記念』冊子から紹介した。

『豊見城村史』では、「国場川を渡った対岸の瓦屋原(森)に対しての魔除けの意味」という。「言い伝えによれば、瓦屋原への風難を防ぐため立てられた瓦屋森標高48.3m、その森に明国から来たといわれる陶工渡嘉敷三良が妻を強制的にされた女性が哀れな歌を残した伝説がある」と「移転記念冊子」でも記している。

 

 この瓦屋の渡嘉敷三良については、ブログで書いてある。この伝説と石獅子は関係ないだろう。

国場川は台風、大雨で川が氾濫したことがしばしばある。だから、「水からの悪魔から風難を防ぐ」というのは、「水害を防ぐ」という願いが込められているのだろう。

 

 

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