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2013年5月16日 (木)

真玉橋の拝所、ヒララス杜(御獄)

 ヒララス杜(御獄)

 ヒララス御獄(ウタキ)は、漫湖(マンコ)に面したヒララス杜(森)にあった。かつては、標高38㍍余のピラミットのような形をした丘の上にあった。頂上に大岩があり、二基の香炉があった。一基は豊見瀬の御獄への遙拝所、一基はニライカナイの神への遙拝所だったという。
 いまは県営住宅の建設のため、丘は消えて、県営住宅の敷地の一角に拝殿が建てられ、祀られている。

 
 その昔、ヒララス杜の南側に伊江島から知念姓の人々が移住したということで、「知念ムイ」と呼ばれたこともある。

 この地は、爬龍船競争のハーリーの発祥の地として知られている。旧5月4日「ユッカヌヒー」には、この周辺になる豊見城、根差部(ネサブ)、嘉数、真玉橋の村人は雨乞い、航海安全の祈願をした。

Photo
          写真はヒララス杜。「移転記念冊子」から

                           

 

 昔、ハーリー行事の際は、このヒララス杜に向かって、豊見城(ジンス=お神酒)、根差部(ポーポー=クレープ風の食べ物)、嘉数(アマガシ=ぜんざい風)、真玉橋(マーミナズーネ=モヤシ炒め)の料理をお供えしたそうだ。

ハーリーの由来は、1393年、南山王のおいの汪応祖(ワンオウソ)が中国の南京に留学中、龍船の競争を見て感動し、漫湖に船を浮かべて遊覧したのが始まりとされる。
 他にも由来の説はあるが、豊見城では、汪応祖を由来として、ハーリーを復活させている。

Img_2301

ヒララス御獄のある県営住宅を訪ねてみた。残念ながら拝殿は、なぜか傾いている。台風でやられたのだろうか? 周辺には、段ボールの紙片がたくさん散らばり、「これが神聖な御獄だろうか」と目を疑う状態だった。


Img_2300



 拝殿の中をのぞいてみると、大きな岩が置かれている。ヒララス杜の頂上ににあった岩の一部だろうか? 「竜宮の神様が宿る石」という説があるそうだ。説明するものは何もない。各地からの参拝者が多いと聞く。

 

Img_2299


「黄金森」と書かれた石碑がそばにあった。どういう関係なのかよくわからない。

それにしても、県営住宅は必要だが、漫湖のそばで景観もよく、由緒のあるヒララス杜が、跡形もなく消え失せたのは、残念なことだ。なんとか保存する方法はなかったのだろうか。

 

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