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2013年5月17日 (金)

橋下暴言と沖縄の苦難の歴史

 日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長の暴言に内外で批判が高まるばかりだ。沖縄では、米軍に風俗活用を提起したという発言に、怒りが強い。

 そんななかで、沖縄の戦後の苦難の歴史にたいする無知と無理解という問題がある。5月17日付「琉球新報」では、その苦難の歴史を明らかにしている。そこから紹介したい。

 沖縄は1952年4月28日、サンフランシスコ講和条約で日本から切り捨てられ、売春防止法は、沖縄では適用外となった。

 「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」の報告書によると、1946年から1972年の復帰で売春防止法が適用されるまでの間、米兵による性犯罪の件数は、判明しているだけで約500件。この数字も氷山の一角だという。

 1949年、多発する性暴力事件に頭を抱えた当時の志喜屋孝信知事が、米軍に対し特飲街の設置を要請。50年末には「住民への危険防止策」として、県内各地に米兵を対象とした特飲街が設置された。

 だが、特飲街設置後も米兵による性犯罪は収まらなかった。60年代に入ると、ベトナム戦争帰りの米兵が、特飲街に働く女性に性的暴行を加え、殺害する事件が頻発した。66年、金武村(当時)で、米兵に性的暴行を受けて殺害された女性が下水溝に投げ捨てられるという事件が起きた。

 

 橋下氏は、厳しい批判を受けても、反省も謝罪も撤回もしようとしない。
 今回の「風俗活用」発言は、女性を道具のように見て、女性の人権を侵害していること。米兵による性犯罪が起きるのを必然視していること。風俗を活用すれば性犯罪を防止できるかのようにとらえ、米兵による犯罪の実態と本質を無視していること。米軍と日本政府の責任を免罪していること。沖縄の米軍基地と米兵の存在を永続視していること、などなど。およそ公人として、あるまじき発言である。

 橋下氏が、言い訳と開き直りを続ければ、みずからの人格と政治家としての資質をさらに失墜させることになるだろう。

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