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2013年5月19日 (日)

真玉橋の拝所、橋の神

橋の神

 真玉橋の南側の橋のたもとに、「橋の神」を祀る立派な祠がある。真玉橋を通るたびに、この祠は何を祀っているのか、分からないままいつも通っていた。「橋の神」は、今でも旧暦1日、15日には、この地区の住民が拝んでいるそうだ。
 
『琉球国由来記』では、「毎月、朔日(ツイタチ)十五日、中ノ橋ニ花五水(酒のこと)添デ、村中ノ人、御拝仕ル也」と記されている(『真玉橋の聖地と祭祀』)。037
             真玉橋

 
  何を祈願するのだろうか。

真玉橋、雲浮(コモコ)橋、五のいべ、七つのいべ、潮花のせじ(霊威)ぎらいかない(ニライカナイ)がなし、「村民一同に果報があるように作物がよくでき、旅に出てもきて、足のけが等がないようにお守りあれ」。こんな趣旨のことを祈っているそうだ(『豊見城村史』)。

                           

 

Img_2311
              橋の神

2002年に橋の改修にともない、現在の場所に祠が造られた。

 「永年風雨等の流失あらゆる困難を克服して橋が出来た。第二次大戦で破壊され消滅に至る」「昔から多くの人(ウマンチュ)の往来便利を与え心から感謝の念を捧げるものである」と「真玉橋拝所移転記念冊子」でも記されている。

 写真を撮影した日も、お花が供えられていた。住民にとって、橋に対する感謝の気持ちが強いから、橋の神がいまでも大切にされ、祈願を欠かさないのだろう。

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