無料ブログはココログ

« 「無情の月」あれこれ、その2 | トップページ | 尚巴志王統の聖地を訪ねる、その2 »

2013年6月 4日 (火)

尚巴志王統の聖地を訪ねる、その1

                           

 

尚巴志王統の聖地を訪ねる


 
佐敷グスク跡

  琉球が三つの小国に分かれて争っていた時代、三山(三国)を統一した英雄・尚巴志(ショウハシ)とその王統のゆかりの地、お墓などを訪ねてブログでもアップしてきた。

 でも、尚巴志の居城があったという佐敷のグスク跡は、まだブログにアップしていなかった。というのは、ブログを始める前、六年ほど前に訪ねたが、写真もなくしていたからだ。

ゆかりの地を回るなら、この聖地ともいえる場所をもう一度訪ねてみたいと思い、出かけた。Img_2416

国道331号線沿いの入り口に、月代宮の大きな鳥居がある。そこから入って坂道を登って行くと、佐敷グスク跡の広場に出る。
 
 佐敷グスク(上グスク)は、尚巴志とその父、尚思紹(ショウシチョウ)の居城跡といわれている。発掘調査によって、青磁・白磁のお椀や皿、土器、石器、鉄釘や小銭などが出土したという。また、柱の穴のあとや土留めの石積みも確認された。ただ、各地のグスクにみられるような石垣はまだ発見されていないとのことだ。Img_2417

 
 佐敷グスクは、尚巴志が14世紀に、島添(シマシー)大里グスクを攻め落とす前に築いたグスクといわれる。島添大里グスクは、地形的には、佐敷・与那原の東海岸から西にせり上がった高台の山上にあった。沖縄本島の南部を勢力範囲とする南山でも、最大規模を誇っていた。尚巴志が野望を実現するうえで、島添大里グスクは、最初に攻略すべき対象だったのだろう。このグスクを足がかりにして、中山王を攻め落とし、父、尚思紹が中山王となった。尚巴志は、その後さらに北山、南山と攻略して、琉球を統一し、第一尚氏の王統を開いた。

 その尚巴志王統の聖地ともいえるのが、この佐敷グスク跡だ。

Img_2420

 グスク跡は、石垣もないから、とくにグスクらしいものは見当たらない。高い地点にあるので、中城湾が一望にできる。ただ、いまは草木が生い茂っていて展望台のところでもあまり見通しがよくない。広場には、大きなガジュマルなどの樹木が立つ。

Img_2428

 佐敷グスク跡には、鳥居があり月代宮の拝殿やいくつもの拝所がある。これについては、後から説明する。

« 「無情の月」あれこれ、その2 | トップページ | 尚巴志王統の聖地を訪ねる、その2 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1384216/51911615

この記事へのトラックバック一覧です: 尚巴志王統の聖地を訪ねる、その1:

« 「無情の月」あれこれ、その2 | トップページ | 尚巴志王統の聖地を訪ねる、その2 »

最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31