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2013年6月 6日 (木)

尚巴志王統の聖地を訪ねる、その3

月代宮

                     

 

 佐敷グスク跡でもっとも目を引くのは月代宮である。大きな鳥居があり、石段が続いている。本来、グスク跡には鳥居がないのが普通だ。鳥居があるのは、このグスク跡に、尚巴志王統の尚思紹、尚巴志などを合祀する月代宮が建てられているからだ。昭和13年(1938)に建立されたそうだ。Img_2422

 鳥居をくぐり、石段を登って行くと、立派な拝殿がある。Img_2423

 その奥にまた小さな祠がある。合祀されているといっても、尚巴志王統のお墓は、県内各地に散在しているので、遺骨を納めているのではないだろう。

Img_2425

 この月代宮の裏の崖を登っていくと高台になっている。そこに「佐敷ようどれ」がある。尚巴志の父、尚思紹、祖父にあたる鮫川大主夫婦など9人が葬られているという。ただし、航空自衛隊知念分屯基地の敷地の中である。もとは、佐敷グスク近くの崖下にあったけれど、1764年にこの地に移葬されたという(當間荘平著『月代の神々』)。
 
 佐敷ようどれや第一尚氏のお墓については、このブログでアップしてある。

 この佐敷グスク跡では、尚巴志の長男系統の子孫の方々が、先祖を供養する清明祭を行っているという。それは、やはり「佐敷上城跡に月しろの宮が建てられて、歴代王の8つの位牌(いはい)が祭られています」(同紙)ということからだ。清明祭は、ここの祠の前で行われている。Img_2430



 
 本来、清明祭は、清明の時期、4月ごろに行われるが、秋の彼岸の時期にずらして「隠れ清明祭(カクリウシーミ)」として、500年以上も続けられてきたという。第一尚氏の王統が倒され、第二尚氏の王統によって、「前王統の血縁を排除せよというおふれが出され」狙われたという背景があるそうだ(「週刊レキオ」2011年10月11日付)。

 

 「隠れ清明祭」についても、ブログでアップしてある。

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