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2013年6月 1日 (土)

「不屈館」(瀬長亀次郎と民衆資料)を訪ねる

 那覇市若狭に開館した「不屈館」(瀬長亀次郎と民衆資料)を訪ねた。瀬長さんといえば、沖縄の祖国復帰と平和な社会の実現をめざして、米軍の強圧にも屈せず、命がけでたたかった「戦後沖縄のヒーロー」として知られる。

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 瀬長さん個人の人と業績を知るだけでなく、「沖縄の戦後史、特に米軍統治下の民衆の歩みが学べる場所」として充実させたいとのことだ。Img_2394
 豊富な写真や資料の展示コーナー、閲覧コーナー、書斎再現コーナー、DVD視聴コーナーなど充実している。

 戦前から新聞記者をしていて、戦後すぐ生まれた「うるま新報」(現琉球新報)の社長も務めた。沖縄人民党創設に参加し、そのリーダーとなる一方、琉球立法院議員に当選するも、不当な弾圧で投獄される。1956年に那覇市長に当選し、米軍を驚愕させ、追放される。1970年、戦後初の国政参加選挙で衆院議員となり、20年間議員を務めた。

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 那覇市長に当選した時の「当選証書」も展示されていた。初めて見た。全国から激励の手紙、ハガキが山のように寄せられたそうだ。住所がよくわからないで「沖縄刑務所となり瀬長様」などの宛名のハガキもたくさんある。

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 書斎コーナーは、机の前の座る位置に瀬長さんのペンを持った写真が置かれているので、まるでそこに座って原稿を書いているように見える。

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 瀬長さんが獄中から釈放されたとき来ていた背広や白い靴なども展示されている。「よくぞ、そんな古いスーツまでとっていたものだ」と感心した。奥さんの瀬長フミさんが、物を捨てないで大切にする人だった。それに、県民の先頭に立ってたたかう亀次郎さんにかかわる物や資料を保存しようとする意図もあったようだ。Img_2398 

 獄中での学習ノートや数々の自筆原稿なども展示されている。元新聞記者だけあって、文章は歯切れよく、わかりやすい。演説は民衆に熱烈に支持されたことで有名だが、弁舌も執筆も両方で超一流だったことがわかる。

Img_2401 ここで紹介したのは、ごくさわりにすぎない。
 「不屈館」の場所は、わかりやすい。国道58号線久茂地交差点から、松山方面に真っすぐ進み、若狭公園、波の上臨海道路に出る手前で、右折して少し行けばノボリ、看板が見える。那覇空港からも便利だ。

 入館料500円。毎週火曜日が休館日である。
 

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