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2013年7月 3日 (水)

久米孔子廟を訪ねる

那覇市若狭にあった久米至聖廟(孔子廟)が、久米の松山公園内に新たに建設されたので、訪ねた。6月15日に落成式があった。

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儒学の祖、孔子を祭る大成殿や明倫堂などがある。明倫堂とは、久米村の子弟の学問所として設けられ、役所の機能もあったところだ。現在は集会所として利用される。

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 正門には「至聖堂」の扁額が掲げられている。前の孔子廟に比べると、とっても立派だ。門の脇の通用口を入ると、正面に大成殿が建っている。

青空に、朱塗りの建物、赤瓦が映える。

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久米至聖堂は、もともと600年ほど前、明国から琉球に渡ってきた「久米三十六姓」と呼ばれた人々が、1676年、国王の許可を受けて、久米村に建てた。毎年2回、春秋に孔子をお祭りする釈奠(セキテン)を催してきた。

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 第二次大戦中、1944年10月10日、米軍の大空襲により、孔子顕彰の至聖廟、学問所の明倫堂などの建物、聖像、蔵書が灰燼に帰した。戦後、敷地も軍用道路一号線(現在の国道58号線)が貫通していて、跡地での再建は不可能となった。久米三十六姓の子孫でつくる久米崇聖会は、1975年に若狭の天尊廟(道教の最高神を祀る)敷地内に建設した。

 今回は、38年を経て、老朽化が進み、久米崇聖会は那覇市から土地を借りて、久米の地に新たに建設した。Img_2796
 大成殿に登る石段には、龍を彫った立派な石版がある。龍を彫った石柱も見事だ。これら石柱、石版は、孔子の生地、曲阜(キョクフ)の現地に、孔子廟と同様に製作するように依頼して取り寄せたものだとのこと。

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 スゴイのは、龍の爪が5本描かれていること。5本爪は、中国皇帝と孔子だけが使うことを許されていた。首里城の龍柱は4本爪だという。

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 正門を入ってすぐ右側に、石碑がある。沖縄戦で破壊され修復不能となった。それで、大戦前に残されていた拓本、古文書を基に復元したものだという。久米至聖廟の創建修葺(修繕)
年月など刻まれているようだ。

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 隣は、中国式の庭園、福州園がある。ちょうどいい場所に建設されたと思う。

沖縄と中国の古くて長い交流を知らせてくれる場所だ。

 

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コメント

歴史を感じるよい所のようですね

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