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2013年8月29日 (木)

日本初の全身麻酔、琉球の高嶺徳明、その2

 琉球の高嶺徳明が、麻酔を用いて王孫の尚益の補唇術を施した。日本初とされる華岡青洲より115年前であることを書いた。ただし、麻酔を使ったという確実な記録がまだ明らかでないというのは、、この医術が秘法であり、「一世一伝」、他のものに伝授してはならないとされていたから、いわば当然のことである。だからといって、全身麻酔をしたことが、史実ではないということにはならない。

 歴史家の東恩納寛淳や金城清松は、中国における伝統的な麻酔薬の流れ、高嶺家に伝わる「魏姓家譜」(徳明は王府から魏姓を賜っていた)をもとに、徳明の手術は中国の麻酔法に由来すると考えた。

 
 中国では、後漢後期に華佗(カダ)が「麻沸散」という麻酔を使い手術を行ったことが『三国志』にも記されているという。17世紀の福州で黄會友が麻酔を用いて補唇術を行っていたことは、当然の流れである。
 琉球大学名誉教授の大鶴正満氏は、「高嶺徳明の補唇術に関する考察」で、次のようにのべている。

 中国では、西暦2世紀に華佗が出て麻沸散を開発し手術した。その後も多くの医家により、鎮痛、麻酔薬について豊富な医術と経験が積まれた。

 「高嶺家には、(尚益の補唇術を)痛くないように手術したという言い伝えがあるので、それは麻酔に関することを裏付けていると思われる。
 確証的文書が得られていないのは一世一代の秘法であることのほか、核心的部分が口伝とされたためとされる」

 徳明が伝授を受けた当時、もとより中国では伝統的方法により麻酔薬が使用されていた。『本草綱目』(薬学著作、1596年)などには、マンダラゲ、トリカブト、ツツジなどが手術用の麻酔薬として記載されている。
 「当時、11歳の尚益に対し、何らかの鎮痛ないし麻酔薬が使用されたと考える方が妥当である」
 「麻酔にはトリカブト類を用いた可能性が大きい」と大鶴氏は判断している。

 大鶴氏は、徳明の補唇術を「沖縄の歴史上画期的なこと」と高く評価している。
 徳明が薩摩藩医に教えた秘伝は京都方面に伝えられ、「青洲の麻酔法への影響の可能性も指摘されている」とものべている。

 麻酔を使った手術だからこそ、中国でも秘法として、「一世一代」の扱いを受けたのではないだろうか。
 まだ11歳の王孫に、麻酔なしで手術することはむしろ考えにくい。高嶺家の伝承をみても、徳明が琉球で初めて麻酔を使った補唇術を施したことは、確かなことだろう。
 さらに、当時の日本にはなかった麻酔の秘法であるから、薩摩も伝授を求め、藩医にも伝授されて、京都方面まで伝えられたのではないか。

 ともかく、いまから324年も前に、こうした医術を中国から習得して帰国し、琉球で治療を施し、それが薩摩をへて大和まで伝えられたことは、誇るべき沖縄の歴史である。

 

 

 

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