島唄に歌われた山桃
沖縄の民謡にヤマモモ(山桃)が歌われている曲がある。その代表的なのが「桃売アン小」(モモウイアングヮー)。この曲をいま練習しているところだ。
題名は、桃売りの娘さんのことを表している。桃売りといっても、いわゆる白桃、ピーチではない。白桃は沖縄では作っていない。山桃のことだ。山桃は、別名楊梅(ヨウバイ)という。
山桃は、私の故郷の高知県では身近にあった。田舎の自宅の裏に大きな山桃の木があり、木に登ったり、食べた記憶がある。沖縄に住んで、山桃売りがあったことを知ると、なぜか懐かしさがこみ上げる。とくに、おいしいというわけではない。果実は、ちょっと甘酸っぱい。初夏に採れた。小粒で、表面にはちっちゃな粒々がたくさんある。ジャムや果実酒にも加工されるそうだ。
日本では、関東以南に生育し、中国でも暖かい地方にあるというから、沖縄にもあるのは当たり前だろう。
高知県では、県の花、徳島県では県の木に指定されている。
山桃ですぐ思い出すのは、高知県出身の宮尾登美子さんの小説「櫂」の冒頭のシーンである。私は、小説よりも映画の出だしの場面が印象に残る。
高知の十市(トイチ)の楊梅(山桃)売りが、天秤棒を担いで現れる。ザルに盛られた山桃の赤い実が目に焼き付いている。
ところで沖縄でも山桃があるといっても、移住して8年たつが一度もお目にかかったことがない。知り合いに「山桃ってあるんですか?」と尋ねると「あるよ、山桃は」と答える。だが、スーパーだけでなく、各地のJAの直売所を見ても、市場をのぞいても、見たことがない。
昔は、山桃といえば、いまの沖縄市の山内諸見里(ヤマチムルンザト)あたりはよく採れたらしい。「祖慶漢那(スウキカンナ)節」という曲がある。沖縄各地の物産を売り歩く様相を歌った曲だ。ザルやムシロ、山桃、魚、笠などそれぞれの産地が登場する、そのなかに山桃は次のように歌われている。
「♪山内諸見里ぬ 桃売アン小やいびしが 山桃小や 買うみそうらに」
(山内諸見里からきた桃売り娘ですが、山桃を買ってください)
歌はこのあと「あなたの山桃はまだ青くて食べられないよ」と断ると「じゃあ、白桃を買ってください」と再度、ねばるというやり取りが描かれる。
戦前は、嘉手納(カデナ)から那覇、与那原、糸満まで軽便鉄道が走っていたので、鉄道に乗って、山内諸見里から那覇、首里など山桃を売りに来ていたそうである。
戦後、鉄道はなくなった。山桃の産地だった山内諸見里のあたりは、米軍基地になってしまっているという。残念なことである。山桃の木は、基地の中でいまも残っているのだろうか。花や果実をつけているのだろうか。でも、山内諸見里は沖縄南インターの近くだから、もう木はないだろう.。いま、山桃をまったく見ないのには、こんな事情もあるのだろう。
「桃売アン小」の曲については、今月のアルテ・ミュージック・ファクトリーで歌う予定なので、その際に紹介したい。
追記
「祖慶漢那節」の歌詞について、桃売りと買い手のやり取りと解釈して書いた。だが、アルテ三線仲間の玉那覇さんによると、売り手と買い手ではなく、売り手の商人が競い合って売る様子を描いているという。だから桃売り娘が「山桃を買ってください」というと、別の売り手が「あなたの山桃は青くてまだ食べられない。私の白桃を買ってください」と売り込むという歌意になる。なるほど。
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