山之口貘・沖縄に思いをよせ
故郷・沖縄に思いをよせた詩
那覇市に生まれ、上京して詩人として活動してきた山之口貘は、故郷の沖縄をテーマにした詩がたくさんある。沖縄のなつかしい風景や思い出をテーマとした詩もあるが、沖縄戦で様変わりした故郷に思いを寄せたいくつもの詩は胸をうつ。
「不沈母艦沖縄」
「守礼の門のない沖縄 崇元寺のない沖縄 がじまるの木のない沖縄 梯梧の花の咲かない沖縄 那覇の港に山原船のない沖縄 在京30年のぼくのなかの沖縄とは まるで違った沖縄だという」
「まもなく戦禍の惨劇から立ち上り 傷だらけの肉体を引きずって どうやら沖縄が生きのびたところは 不沈母艦沖縄だ いま80万のみじめな生命達が 甲板の片隅に追いつめられていて 鉄やコンクリートの上では 米を作るてだてもなく 死を与えろと叫んでいるのだ」
沖縄を占領した米軍によって、父祖伝来の宝の土地は強奪された。「不沈母艦」の「甲板の片隅」に追いつめられ県民。戦後沖縄の姿を見事に描き出している。「死を与えろと叫んでいる」というのも、生きる糧である土地を奪われては生きていけない。その血を吐くような叫びがここにある。
「島」
「おねすとじょん(ミサイル)だの みさいるだのが そこに寄って 宙に口を向けているのだ 極東に不安のつづいている限りを そうしているのだ とその飼い主は云うのだが 島はそれでどこもかしこも 金網の塀で区切られているのだ 人は鼻づらを金網にこすり 右に避けては 左に避け 金網に沿うて行っては 金網に沿うて帰るのだ」
ここにも、島は金網で囲われ、住民は「金網に沿うて行き、帰る」しかない現実をえぐっている。ミサイルが宙に口を向け「極東に不安のつづいている限り」居座るというのは、現代もそのままあてはまる。「北朝鮮の脅威」や尖閣諸島をめぐり「中国の脅威」をあおり、米軍基地も海兵隊もオスプレイも沖縄に必要だと叫ぶ。「飼い主」も「飼い犬」も口をそろえて叫んでいるのではないか。
「沖縄よどこへ行く」
「蛇皮線の島 泡盛の島 詩の島 踊りの島 唐手の島 パパイヤにバナナに 九年母(クニブ)などの生る島 蘇鉄や竜舌蘭や榕樹の島 仏桑花や梯梧の真紅の花々の 焔のように燃えさかる島 いま こうして郷愁に誘われるまま 途方に暮れては また一行づつ この詩を綴るこのぼくを生んだ島 いまでは琉球とはその名ばかりのように むかしの姿はひとつとしてとめるところもなく 島には島とおなじくらいの 舗装道路が這っているという その舗装道路を歩いて 琉球よ 沖縄よ こんどはどこへ行くというのだ」
詩はこのあと、かつて中国に服属し薩摩に支配された琉球が、廃藩置県により琉球王国が廃され、「日本の道」に踏み出した歴史を振り返る。
「おかげでぼくみたいなものまでも 生活の隅々まで日本語になり めしを食うにも詩を書くにも泣いたり笑ったり怒ったりするにも 人生のすべてを日本語で生きて来たのだが 戦争なんてつまらぬことなど 日本の国はしたものだ」
「それにしても 蛇皮線の島 泡盛の島 沖縄よ 傷はひどく深いときいているのだが 元気になって帰って来ることだ 蛇皮線を忘れずに 泡盛を忘れずに 日本語の 日本に帰ってくることなのだ」
日本に組み込まれた沖縄が伝統ある民俗・文化も言語も「昔の姿」を失ってきた。その沖縄は戦争と異民族の支配下によって「傷はひどく深い」。沖縄はどこへ向かうのか憂う。深い傷を負った故郷への痛切な思いと祖国復帰を願う心情にあふれている。
「弾を浴びた島」
「島の土を踏んだとたんに ガンジューイ(お元気か)とあいさつしたところ はいおかげさまで元気ですとか言って 島の人は日本語で来たのだ 郷愁はいささか戸惑いしてしまって ウチナーグチマディン ムルイクニ サッタルバスイ(沖縄方言までもすべて戦争でやられたのか) 島の人は苦笑したのだが 沖縄語は上手ですねと来たのだ」
貘さんの詩は、共通語で書かれている。だが、ウチナーグチとそこに込められたウチナーンチュの肝心(チムグクル)をとても大切にしているのだろう。
砲弾ですべてが破壊された故郷。「方言までやられたのか」という表現には、すっかり変わってしまった故郷への戸惑いとわびしさが感じられる。
高田渡が歌う「鮪と鰯」
「島からの風」
「そんなわけでいまとなっては 生きていることが不思議なのだと 島からの客はそう言って 戦争当時の身の上の話を結んだ ところで島はこのごろ そんなふうなのだときくと どんなふうもなにも 異民族の軍政下にある島なのだ 息を喘いでいることに変りはないのだが とにかく物資は島に溢れていて 贅沢品でも日常の必需品でも 輸入品でもないものはないのであって 花や林檎やうなぎまでが 飛行機を乗り廻し 空から来るのだと言う 客はそこでポケットに手を入れたのだが これはしかし沖縄の産だと たばこを一箱ぽんと寄越した」
ここにも、異民族の支配下での沖縄の暮らしの様相が描かれている。
「基地日本」
「ある国はいかにも 現実的だ 歯舞・色丹を日本に 返してもよいとは云うものの つかんだその手はなかなか離さないのだ」
「ある国はまた もっと現実的なのだ 奄美大島を返しては来たのだが 要らなくなって返したまでのこと つかんだままの沖縄については プライス勧告(※)を仕掛けたりするなどが 現実的ではないとは云えないのだ 踏みにじられた 日本」
「あちらにもこちらにも 吹き出す吹出物 舶来の 基地それなのだ」
(※米軍基地の軍用地料を一括払いにして土地を接収するもの)
沖縄だけでなく、吹き出物のような米軍基地が各地におかれた「基地日本」。要らなくなった奄美諸島は返しても、「つかんだままの沖縄」は絶対手放さない。そればかりか、軍用地料の一括払いで土地接収を企むアメリカに、異議の一つも言えない。「踏みにじられた日本」を鋭く風刺している。
このブログで紹介した貘さんの詩は、戦争と原水爆、基地問題などなんか政治のテーマばかりになってしまった。これは、貘さんがこういう詩ばかり作っているということではないので、誤解のないように。貘さんの詩作のなかでは、大河のなかの一支流にすぎない。
貘さんの詩は、難渋な言葉や観念の遊びのような表現とは無縁だ。平易な言葉で、なにか飄々としてユーモアがある。思わずニヤッと笑ってしまう。それでいて人生と社会の真実を深くすくいとっている。
「貧乏が人間を形態して僕になっている」と歌うように、貧しい日々の暮らしの現実にしっかり立ちながら、「地球の頂点」に立って眺めて、その時代と世相を風刺する。
そんな作品群のなかで、戦争や原水爆にかかわる詩は、特異なものではなく、貘さんの詩作の重要な一分野を成していると思う。フォークシンガーの佐渡山豊、高田渡らが、その詩を歌にしているように、人々の共感を呼んだのだろう。沖縄県民だけでなく、民衆に愛され続ける詩人だと思う。
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