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2013年12月 2日 (月)

沖縄民謡に歌われた民具、ウズンビーラ

国場の伝統芸能に登場

那覇市国場の伝統芸能に農耕用具のヘラを使う「ウズンビーラ」がある。ウズンビーラとは、ヘラのこと。「ウズン」の意味は「埋もれた物をおこすことのオゾミか、あるいは、目を覚ます意のウジュムンからの転化かと考えられている」。またウジン(お膳)に例えてウジンビーラともいった。


  材質は木製であり、一本の木をくって作ったといい、マミク(和名クスノハカエデ)、コバテイシ、マキ(チャーギのことか)などの硬い木が用いられた。

 史料によると、真和志・南風原・大里・東風平・豊見城の五つの間切(まぎり・琉球王府時代から明治の中頃まで行政区画名称・現在の市町村)では、つとめてこのヘラを用いて深耕せよと、指導したようである。これらの地域はジャーガルという重粘土質の土壌であるため、王府は督励したが、作業は重労働で明治の頃からは使用されなくなり、今では博物館にねむるだけである。『国場誌』はこう記している。

 ただ、1955年発行の『真和志市誌』は「このウヅン・ビーラは今でも、この辺の農家に見受けることがあるが、この秤(原文ママ、ヒラのこと)で畔立した田は、鍬を用いた所よりも稲の分檗及び出穂等が共に揃って豊作になる」とあるそうだ(『国場誌』)。

                           

 

 踊りは、いわゆる農耕民俗舞踊で、ウズンビーラを片手に農作業の様子を芸能化している。

 今から500年前、西暦1500年代、当時の国王が農業振興を目的に国場・識名・上間・仲井真などの村人を集めて、田んぼを耕す競技をさせて、識名園の勧耕台(カンコウダイ、付近が一望にできる高台)からみたことに始まるという(『国場誌』)

 一口にヘラといっても、いろいろな形があるようだ。昔からの長方形の物から先が尖ったタイプもある。その幅も狭いものから広いものまでさまざまだ。
   ウズンビーラの写真は『国場誌』から。

Img018

 昔は水田用によく使われたが、沖縄では、稲作はいまごく一部の地域でしか作っていない。ヘラは甘藷(芋)の苗の植え付け、草取り、収穫などに便利だという。沖縄は高温多湿で雑草がよく茂るので、草取りには欠かせないともいう。

 奄美諸島でも、甘藷掘りにフィラ(箆)を使うそうだ。

 

民謡に登場するヘラ

沖縄民謡でも、ヘラは登場する。

 人気のある沖縄芝居「丘の一本松」は、カンジャー屋(鍛冶屋)の親子が古金を打つ。「打ちゃる鍬箆(クェーヒーラー) 汗(アシ)はい水はい 打っちゃい 叩ちゃい」と歌う。「打つ鍬、ヒラ 汗水流して打ったり叩いたり」という意味である。

宮古島の人頭税廃止の喜びを歌った「漲水の声合(ハリミズノクイチャー)」は、「びら持だ金や押さだ うからでぃだらよ」と歌う。「今からはヘラや鍬を取る仕事もあまりしないで、島は楽になるだろう」。

面白いのは、沖縄テレビのローカル特撮番組「ハルサーエイカー」に「ヘラ」が登場することだ。ハルサーとは「畑を耕す人」、エイカーとは「一族」という意味。そのなかに「ノーグ・ヘラー」がいる。「農具のヘラの化身」である。「ノーグ・カマー」は「農具カマの化身」である。こういうところにも「ヘラ」が登場するとは意外だった。それだけ、ハルサーにとっては、身近な存在、なくてはならない存在だったということだろう。

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