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2013年12月13日 (金)

浦添歴史の道、「いちゃりば兄弟」石碑


「いちゃりば兄弟」の石碑

 

 浦添市の「歴史の道」の「経塚の碑」のそばに「いちゃりば兄弟(チョウーデー)」の石碑があった。

「いちゃりば兄弟」とは、「一度出会えば兄弟」という意味だ。ウチナーンチュの心意気を示した素敵な言葉である。でも、なぜここに碑があるのか?と不思議に思った。

 Img_4160


 石碑の建立の由来が裏面に刻まれていた。ただ、碑文の文字が小さいうえに、黒ずんできてとても読みにくい。建立の趣旨だけは理解できた。

経塚の集落は、昔からあったのではないという。碑文によると、1944年に、この周辺の安波茶(アハチャ)、前田、沢岻(タクシ)の一部を割いてつくられた新しい部落である。新しい部落の名称を「経塚(キョウヅカ)」としたのは、「経塚の碑」の解説文にあるように、このあたりは、妖怪を鎮めるためお経を埋めたという伝承がある。そこから集落の名称としたようだ。

 新しい集落であるために、住民が一致団結して住みよい地域づくりを進めていこうという思いを込めてこの「いちゃりば兄弟」の石碑が建てられた。

Img_4161

「いちゃりば兄弟」の言葉は、そのあとに続いて「何(ヌー)隔て(フィダティ)のあが」と合わせてよく使われる。「一度出会えば兄弟だ。なんの隔てがあろうか」という意味である。

 この文言が使われた有名な民謡に「兄弟小節」がある。この曲を作曲した前川昭朝さんが、沖縄戦のあと、国際通りでばったりと友人と出会い、お互いに無事で生きて出会えた喜びを歌った名曲である。その歌碑が与那原町東浜にあることは、すでにブログで紹介した。

この言葉は、もともとは、伝統芸能「組踊」の「大川敵討」の一節だとのことである。

経塚の人々も、この碑のように同じ地域で日々の暮らしをともにする者として「兄弟(チョウデー)」同然の関係で生きているのだろう。

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