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2018年4月17日 (火)

国場の登野城御嶽を再訪する、その1

  この記事は、前にブログにアップしていたが、いつの間にか真っ黒の画面で見えなくなっていたので、修復して再度アップする。

 国場の登野城御嶽を再訪する

 わが家か近い国場の拝所、登野城御嶽(トノシロウタキ)を訪ねた。前に一度来たことがある。国場十字路を山手に上がっていくと、拝所専用の駐車場がある。そこから少し小道を登ったところにある。1992年に整備されたようで、とても立派な御嶽(ウタキ)である。  国場には、二つの御嶽がある。『琉球国由来記』によると、「下国場ノ嶽 神名カネノ森御イベ」(通常「前ヌ御獄」)と「登野城ノ嶽 神名オシアゲ森の御イベ」という二つの御嶽と一つの火神(ヒヌカン)「下国場里主所火神」があると記載されている。「前ヌ御獄」は前にブログで紹介した。国場発祥と地とされているところだ。
           Img_3878

 「登野城」という名前は、石垣島の中心部、旧四カ村の一つの地名と同じだ。他にはない珍しい地名なのに、なぜ、国場の御嶽に同じ登野城の名がついているのか、地元でもよくわからないらしい。

  9つの神々を合祀 御嶽の祠には、次の名を刻んだ石碑が9つ合祀されている。 「東世」「今帰仁世」「百名世」「大里世」「登野城之世」「中之御嶽」「火神」「唐御殿(トーウドン)」「芋之神」。 拝殿の前には、4つの井戸の神が合祀されている。

 「中之御嶽火神御井」「中之御嶽下之御井」「登野城西乃御井」「子之方御井」
 水は、住民にとって生きるうえで欠かせない命のもとだから、井戸はどこも御願の対象にされる。 この拝殿に並ぶ石碑は、いくつもの地名が記されている。

  沖縄では、霊地を巡り参拝する慣習がある。でも、この登野城御嶽にくれば、遠くまで霊地巡りに行かなくても、この御嶽でその地に向かって御願(ウガン、礼拝)できるそうだ。そういえば、「前ヌ御嶽」を見たとき、そばにいたおじいが話していた。
    

Img_3880   

 「国場の高いところには、今帰仁に向かって拝むところもある。中国に向かって拝むところもあるよ。中国まで行けなかったからね」。

 それがこの登野城御嶽である。たしかに、各地の名を刻む石碑があるし、中国を表す「唐御殿」もある。珍しいのは「芋之神」。芋を神と崇めるものだろう。芋(サツマイモ)は、17世紀初めに中国から持ち帰った。やせ地でも育ち干ばつにも強い。庶民にとって主食となった。飢餓のさいどれだけの人々が救われたことか。その意味では、芋も命の源だから、祀られたのだろう。

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