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2018年4月14日 (土)

北山王国をめぐる興亡、その5

 落ち延びた今帰仁按司とその子孫

 年老いた丘春は敗走し、かつて幼少のとき世話になった大北地方の読谷山(ユンタンザ)間切に逆戻りし、渡具知(トグチ)村の比謝川河口近くの鷹見崖(タカミーバンタ)の岩山に泊城を築いて再起を待った。泊城は篭城(クマイグスク、隠れ城)とも呼ばれた。対岸の魚見崖の岩山の中腹の洞窟に、今帰仁から移した父祖の墓を造った。その洞窟は、イリタケーサーガマと呼ばれている。墓の入り口は北の今帰仁城を向いていて、「仲今帰仁按司祖先之墓」と刻まれた石碑が建てられている。
 タカミーバンタの岩山には、丘春とその妃真玉津(マタマツ)および臣下の墓があり、墓の入り口は東方川向かいの仲昔今帰仁按司祖先之墓を向いている。  今帰仁按司丘春には仲宗根若按司のほかにも名護按司・大宜味按司・先代大湾按司・先代山田按司の4名の息子がいて、「仲北山」落城後は方々に散って再起を待っていた。「仲北山」旧臣たちとも連絡を取り合っていた。

 今帰仁按司の婿である津喜武多(チキンタ)按司は、西原間切古波津(クハチ)村に城を築いた。隣の幸地城の熱田之子(アツタヌシー)は、「仲北山」の落武者が自分の領地近くに城を構えたことを、快く思っていなかった。熱田之子は、義本王6代目の子孫であるといわれる。津喜武多按司を訪れ、名刀を見せてほしいと頼み、出してきて渡したとたん、いきなり切り殺した。
 娘婿を殺された丘春は、仇を討つため手勢を連れて幸地城に向かった。熱田之子は、間違って殺(アヤ)めたと謝罪した。丘春は歓待されて、夜道を帰る途中、闇討ちにされ、全員殺された。
 丘春の息子4人の中には戦死した仲宗根若按司の他に、初代山田按司と初代大湾按司もいたが、彼らはこの時に幸地軍に殺されたともいわれている。丘春や息子たちの死は秘密にされ、墓も隠され初代山田按司と初代大湾按司は唐旅(「あの世」)に行ったと伝えられていたのを、中国へ行ったという伝承に変わったようである。 (中国に渡るのは危険なことから、唐旅はあの世に行く代名詞となっていた)。
 その後、父を殺された丘春の4名の子の孫たちは、力をあわせて熱田之子を討ち取ったといわれる。  1374年、戦で深手を負った「仲北山」城主仲宗根若按司は、いったん本部間切具志堅村に隠れていた。具志堅村から名護間切屋部(ヤブ)村まで来たところで息を引き取った。
 父の遺体を葬ったあと、八男の今帰仁子は美里(ンザトゥ)間切伊覇(イハ)村に逃げた。嘉手苅(カディカル)村はずれのガマ(鍾乳洞)に隠れていた。美里大主に認められて婿となり、伊覇(伊波とも書く)城を築き初代伊覇按司となった。伊覇按司と妃・真鶴金の間には三男一女が生まれた。 Photo_3

                 伊敷賢著『琉球王国の真実』から
    
 伊覇按司初代の長男は、伊覇按司二代目を継ぎ、次男山田按司は読谷山間切読谷山村(後に山田村になった)に山田城を築き、三男の大湾按司は読谷山間切大湾村に大城を築いた。「仲北山」の再興を誓い合っていた。
 伊覇按司の娘・真鍋金は尚巴志に嫁ぎ、越来王子、後の尚泰久王を生んだ。  次男の山田按司は、長男・伊寿留(イズルン)按司、次男・読谷山按司護佐丸(ゴサマル)盛春、三男・大城掟親雲上清信を生んだ。
 『古琉球三山由来記集』は、山田按司について次のように記している。  「伝えいう。一世山田按司は、仲今帰仁仲宗根若按司の子すなわち今帰仁の子にして、母は当今の美里間切伊波村の女なり、云々。  かつ、この山田按司は一男一女を生む。長男は山田按司と称すが早死す。長女は真亜度金(マアトガニ)と称す。山田按司は長男若按司が早死したので伊覇按司の子を婿養子とし、跡を継がす。これ二世山田按司なり。二世山田按司の子二子あり。山田按司、越来按司これなり。三世山田按司の子四人あり。長男伊寿留按司、次男中城按司護佐丸、三男山田按司、長女乙樽金(ウトゥタルガニ)これなり」

 (ここで、琉球の歴史上名高い、護佐丸が登場する。護佐丸の祖父、伊覇按司は「仲北山」で今帰仁城主だった仲宗根若按司の息子であり、その父は丘春となる。つまり、護佐丸は、英祖王系の今帰仁城主だった丘春の子孫となる。尚巴志が北山を攻めたとき、護佐丸にとって、同じ英祖王系でありながら、羽地按司によって今帰仁城を奪われた先祖の積年の恨みをはらす機会となった。
 系図のなかで、『古琉球…』は、一世山田按司の長男は早死したので、伊覇按司から婿養子をもらい跡を継がせたとなっている。伝承によって当然、異同はある。)

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